星の鋳造

暗いホールで映画が始まる。非線形の映画だ。「Hallelujah」は逆さに唱えられて「Hajulellah」となり、Tr32. Ave Maria も逆再生される。こうして神さえ解きほぐされる。

メッセージ』などの影響を受け、このアルバムには上も下も、過去・現在・未来も、生と死の境界もない。始まりは終わりに宿り、終わりは始まりに宿る。01と35、この首尾二曲の構造は―

図:白乐寒weg の添削と仲間の協力による)

順再生と逆再生の「Birthday Resistance」(2007年発表の名曲)を織り合わせることで、weg 二十五年の音楽の軌跡、そして『抵抗と祝福』という物語全体が、すでにそこに宿っている。

一つの命の誕生ではなく、複数の生命が転生を続ける多数の魂の母体なるものの誕生。ビッグバンのような。

繰り返される上映、止むことのない鼓動、それが生命そのものだ。虚無に抗うために、何度でも生まれよ。

火は虚無の中に立つ。冷たい雪の上に、生と死のあわいに立つ。火は風に従って生まれ、黒夜の中にかすかな足跡を散らす。火を渇望せよ、火を畏れよ。それは天使の吟唱であり、悪魔の欲望でもある。おまえの血管の中で燃えている。火に乗ってゆけ、次の輪廻へ。

「第九輪廻曲」―九度、あるいはそれ以上の輪廻があったのか。終盤の童声の吟唱は、Tr1 の冒頭にも現れている。

火は弱まった。だが蠍の火はなお皮膚の下で燃えている。

神なき祭壇は、ただの屠殺場にすぎない。それならば、この屠殺場で踊ろう。愛の物語が始まるよ。

『銀河鉄道の夜』のジョバンニとカムパネルラ、賢治とトシ、『星の王子さま』の操縦士と王子、様々な物語の中で離れ離れになった魂たちが再び会おうと願い続ける数百年、数千年の物語」である。

第一の主人公、

この曲については、何度も語った。でも、何も語っていない。思い入れのある曲なのに、何度も聴く勇気が持てない。私には、その人ほどの勇気はない。

「MEGURI」は愛し子であり、生命の円舞であり、輪廻そのものだ。何ひとつ掴めず、何ひとつ持ち帰れないと知りながら、それでも死という絶対的激流の中に手を伸ばす。人は宿命づけられたオルフェウスである。だから、持ち帰れるのは歌だけ。

闇の天蓋に、蠍の火が燃えている。暗い大地に、生命が駆けている。

それは愛する者の小さな背中だ。だが、それもまたその人の背中ではないのか。この世に生まれ、不満と悲しみと悔恨と束の間の幸福を飲み干してきた、すべての魂でもあるのではないか。

記憶は燃えている。旋律も駆けている。駆けよ、力尽きるまで。両腕を広げ、銃林弾雨を抱きしめよ。避けがたく訪れる別離を抱きしめよ。

そして人は、十字星となった。

第二の主人公、

一瞬の休息も許さない。「死」のすぐ先に待つのは、激しい「生」。ワルツから行進曲へ、ドラムの音の中で、光り輝く混沌が爆ぜる。愛は花のごとく流れ、愛はデータのように咲く。両手を広げ、この呪われた時代に愛の無数の可能性を捧げる。両手を握りしめ、未来の愛に誓いを立てる。花の曼荼羅の中心で、祝福の轟音が立ち昇る。

赤ちゃんの歌声が響き、一輪の新しい花がひらいた。

ここは人間界。一曲の歓喜の歌だ。必ずしも楽しいものではなく、混沌と暴力、そして残酷に満ちている。それでも、君たちは来るか?

それでも、私たちは行く。耳が受け取れば音となり、目が出会えば色となる――「私たちの目と耳で、夢の素材を満たそう」。

電子の魂が模擬された肉体を紡ぎ、泥の上に足跡を残す。天使は永遠を捨て、父も母も持たぬ孤独な生命として生まれる。

これは最良の時代であり、最悪の時代でもある。これは神なき時代。人類は荒野に投げ出され、己だけが残された。

天を仰ぎ、地を穿つ、果てまで求索し。まるでフランケンシュタインの怪物(現代のプロメテウスとも呼ばれる)のように走れ。無神の祭壇はただの屠殺場。さそり座の南方、祭壇座は冷酷に燃え盛る。

だが、まだ一つのものが我々とともにある。

2022年、weg は wilquitous と手を組み、四種の限定版の版画を発表した。黒のなかで、花々は咲き乱れる。

花と音楽は似ている。 
花と音楽は誕生の時、死の時、愛の時、私たちに寄り添うことができる。 
ならば音楽が花を表現するように、 
花で自らの音楽を表現するとどうなるのか?

……

神をも恐れぬウイルスたちと共に生きる時代に、 
神をも持たぬまま生きる私たちの神なき祭壇として、
この花々があなたに寄り添えることを願います。

Reincarnation No.9 (GODLESS ALTAR)

無神の祭壇は花でもあり、我々が身を寄せるこの世界でもある。

音楽はいつまでも生き続け、肉体は日々新たにされる。エレウシスの秘儀がもたらす秘密、それは死と再生である。

血液が空にのぼってゆく/重力のない球体で/消えても 消えても 消えても 消えても/まだら模様に照らされてゆくここが/楽園

楽園があるから、失楽園もある。Tr11. Eve(前夜)、Tr14. Cosmic Fragments – A.D.A.M.(宇宙学残篇:アダム)で描かれる未来―すなわち私たちの現在、人類は大変革を迎える。

シングル版とは異なり、これはシンギュラリティの前夜ではなく、楽園追放の前夜である。

旧世界は終焉へと向かい、これはそのための子守歌であり、挽歌でもある。同時に、すべての別れの瞬間に捧げる歌でもある―悲しくも美しい瞬間たちに。

痛みを忘れたくはない、あなたを忘れたくはない。しかし、「すべての瞬間は時の中に消え、雨の中の涙のように」。

黄昏染まって、旧世界はすでに消え去った。新しい世界で、どのような生命へと変わり、どうすればあなたに出会えるのだろう。祈りは執念へと変わり、執念は呪文へと変わる。この呪いのような呪文を唱え、炎の門を燃やせ。たとえ再会が必ずしも幸福を意味しないとしても―「叶えられなかった祈りより、叶えられた祈りのうえにより多くの涙が流される」のだから。

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